55年後に完走のアナウンス

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 22:26

「金栗四三 消えたオリンピック走者」 佐山和夫 著 潮文庫 読了

 

大河ドラマが何になるか発表されると、原作本であったりドラマの主人公の評伝であったり、そういった書籍が書店の平台の一角を占めることになる。

ただ私は大河ドラマを見たことがないので、なんで多くの人は大河ドラマというだけでありがたがるのかと不思議に思っていた。

まあ書店の事情を考えると、よく分からないがとりあえず売れそうなら何でもプッシュしとけといった感じではないかと想像する。

と書いておきながら今回紹介するのは、半分以上金栗四三の評伝といっていい本だ。

大河ドラマに無関心の私がなぜ読もうと思ったかといえば、この本の著者の佐山和夫氏が金栗四三について書くというこの取り合わせに魅かれたからだ。

 

佐山和夫氏のデビュー作「史上最高の投手はだれか」を大学時代に読んだ。

二グロリーグを中心に活躍し、通算2000勝(!)を記録した伝説の投手サチェル・ペイジの評伝だ。

さすがにもう内容はあまり記憶にないが、軟式野球のサークルに入っていた私はかなり熱心に読み進んだことだけは覚えている。

その佐山和夫氏が日本マラソンの父ともいわれる金栗四三をテーマに本を書く。

これは面白いに違いないと思い、この本を手に取ったわけだ。

 

で金栗四三だ。

最初にこの人の名前を聞いた時は「かなくりしぞう」の読みだったはず。

それが2年前くらいからだろうか「かなくりしそう」と呼ばれるようになり、最初はかなり違和感を覚えた。

三の読み方として「ぞう」はあるが、「そう」はないだろうと思った。

「しぞう」も「しそう」もどっちもあるというのが、この本の第二章を読むとわかる。

パスポートのローマ字表記では『SHIZO』とあり、本人の筆記体のサインでは『Shiso』とある。

想像でしかないが、本来「しそう」だったが、パスポートを作成する際にだれかが『三』は『ぞう』と読むと思い込んでパスポートを作ってしまったのかもしれないなと思った。

その意味では「しそう」がやっぱり正しいのか。

 

些末なことから離れて、アスリートとしての金栗四三に触れなければ。

初めて日本が近代オリンピックに参加した1912年のストックホルムオリンピック。

選手は金栗四三と、陸上短距離の三島弥彦の二人のみ。

初参加ということで、どう準備していいのかなど誰もわからない。

いろいろな準備不足が重なり、万全とはとても言えない体調でマラソンに出場した金栗四三は、26.7キロ地点で忽然とレースから消えてしまう。

実際のところは、倒れて近所に住んでいる方に介抱されていたわけなのだが。

 

著者は実際に現地を訪れ、金栗四三が倒れた場所を正確に記したいと思っていた。

だが、そのあたりは再開発され、今ではショッピングモールになっていた。

このあたりの筆致は、評伝というより紀行エッセイを読んでいるかのようで、これはこれで面白いと思った。

 

1967年、金栗四三はストックホルムから招待を受ける。

彼はもちろんゴールはしていないが、棄権もしていないことになっているという。

55年後にゴール・テープを切り、こんなアナウンスがあった。

「日本の金栗四三選手、ただいまゴールインしました。タイム、54年と8か月6日5時間32分20秒3」、さらに「これをもちまして、第5回ストックホルム・オリンピック大会の全日程を終了いたします」と。

いいですね、こういう話。

 

オリンピック出場後は、マラソンランナーの育成に力を注ぐことになるが、早くから女性スポーツの肝要性を説いていたことは注目に値すると思う。

金栗四三は十文字高等女学校に勤務していた時期があった。

おそらく今の十文字学園だろう。

女子サッカーの全国的な強豪校だが、金栗四三の教えが伝わっているのかもしれないと想像した。

 

箱根駅伝のMVPに金栗四三杯が贈られることは周知の事実といっていいかもしれない。

なぜ箱根を走るのかといった理由も書いてるので、箱根駅伝好きの方も一読の価値ありではないか。

また来年に迫った東京オリンピックにどういった形でかかわるのか、積極的にかかわるのか、冷めた目で見るのか。

どちらの方にとってもやはり一読の価値があるかと思う。

 

でもやっぱり四三はしぞうと読みたいよなあ。

中盤の底で仕切る10番二人

  • 2019.05.20 Monday
  • 22:09

JUGEMテーマ:女子サッカー

まだ大型連休中の観戦記を残している。

それもやっと今日で終わる、はず。

5月6日(月)、この日はなでしこリーグ2部の試合を見てきた。

ちふれASエルフィン埼玉対オルカ鴨川FC@NACK5スタジアム大宮のカードだ。

当初の予定は別のカードだった。

ただ前日の無駄に長かった自転車こぎや、新幹線の名古屋ー新横浜間立ちっぱなしのせいか、朝起きたら体調がかなり悪かった。

のどが痛いは、げっぷが出っぱなしだは。

これは少しでも長く横になっていたほうがいいと思い、出かけるのを遅くして、それで午後2時キックオフのこの試合にしたのだ。

そのため準備不足で、両チームがリーグの中でどの順位に着けているのか把握せず、言い換えれば両チームの調子がどんな感じかは知らずに試合を見ることになった。

 

当日券を買っている最中にキックオフの笛が鳴ってしまった。

入口に近い鴨川側にまずは席を確保する。

 

ちふれはシーズン前、大型補強が話題になってた。

特に中盤に韓国から長野風花が、ベレーザから上辻佑実が加入、これはなでしこ2部レベルでは相当強烈だ。

フォーメーションは4−1−4−1。

福田がミスターレッズならミズちふれといえばこの人をおいてほかにいない、薊理絵は右SHで出場。

 

一方の鴨川はのフォーメーション、3−1−4−2の表記になるか。

個人的にはWBは3列目のほうが正しいので3−3−2−2ではないかと思うが、まあいいか。

驚きなのは昨年までのエースといっていいFW村岡真実がDF登録で、実際のポジションは右WBだった。

 

試合はちふれペースで進んだといっていいだろう。

薊にボールを回し、薊が仕掛ける。

さすがにこれは対策されていたようで効果的な崩しにはならなかった。

 

ここで中盤の底のポジションの二人の10番が、同じようにゲームを仕切っていることに気づく。

ちふれは昨年から所属の伊藤香菜子、正確な左足が持ち味。

鴨川はオーストラリアから帰ってきて今年加入の近賀ゆかり、2011年のワールドカップの優勝に貢献したあの近賀だ。

あの時はSBが主戦場だったが、このチームでは中盤の底でゲームを仕切っている。

アントラーズにいたジョルジーニョみたいな感じかな。

この二人、直接競り合うことはあまりなかったが、どちらもチームの大黒柱的な存在となっていた。

 

このまま前半終了かと思っていた矢先の43分、ゲームが動く。

ちふれの右サイド、長野からのアーリークロスが誰も触れずにいると、逆サイドから薊が詰めていて体ごと押し込む格好となりゴール。

突破はできなくともしっかりゴールをあげるところはさすが薊。

まもなく前半終了。

 

後半は鴨川が攻勢に出るも、決定機は生まれずじりじりする展開。

72分、78分と続けて選手交代。

このタイミングで村岡はFWのポジションへ。

村岡がかなり高い位置でボールに触れるようになったが、それでも決定機とまではいかない。

残り10分を切り、ここで近賀が積極的に高い位置まで飛び出すようになる。

すると後半39分、ちふれのクリアボールがペナルティエリア内の近賀の足元へ。

迷わず、だが丁寧に左足を振りぬくと、ボールはゆっくりとGKの手の上を越えてゴールネットを揺らした。

絶対に点を取るんだという近賀の信念が生んだ一点といえるのではないか。

 

試合はこのままタイムアップ、1−1のドローとなった。

 

試合後鴨川サポの声で、この試合が1位と2位の上位対決で、引き分けた結果、鴨川が首位をキープしたことを知る。

 

ちふれは中盤の3人がもっとできると思う。

その意味でまだまだよくなる余地があるともいえそうだ。

 

鴨川は近賀の補強がかなり利いているように思う。

あと村岡はやはりFWとして見たいな。

とはいえ、エスパルスユースの川本みたいにFWもできるが、サイドバックでもすごいんですとなる可能性もあっての今の起用法なのかなとも思う。

もう少し追ってみたい。

 

最後に、この日は鴨川サポの声がよく聞こえるところで見ていたのだが、声援が少しほかのチームと違うと感じた。

なんか孫を応援するおじいちゃん、おばあちゃんっぽい声援なのだ。

選手がミスしても、ドンマイではなく、大丈夫、大丈夫だよ、という声が聞こえる。

このニュアンスの違いを分かっていただけるだろうか。

実際、私が見た試合の中でいわせてもらえれば、おそらく平均年齢が最も高いサポーター集団は鴨川だと思う。

ホームの雰囲気はどんなだろうかと、鴨川の競技場に行ってみたくなった。

 

3枚の交代策が勝利に導く

  • 2019.05.17 Friday
  • 23:10

5月5日、JFL初の三重ダービーを見た後、近鉄白子駅にもどり、近鉄特急で名古屋へ。

そのままJRに乗り換えて岐阜駅へ。

岐阜駅前から路線バスに乗って向かった先は岐阜メモリアルセンター長良川競技場、今度はJ2のFC岐阜対FC琉球の試合を見るのだ。

岐阜はこの試合負けるとJ2の最下位に転落する。

エスパルスからレンタル中で中盤のかなめの宮本航汰は、大けがを負ってしばらくは試合に出られない状態。

宮本以外にもけが人が多く、戦力的に見ても岐阜の苦戦は必至と思われた。

 

バックスタンドの席を確保すると、落ち着く間もなくキックオフ。

この試合、風間兄弟対決が話題になっていた。

岐阜には弟の宏矢が、琉球には兄の宏希がいる。

Jリーグのサイトでは、どちらも4−2−3−1のトップ下で出たようになっているが、宏希は私の目には2トップの一角のように見えたが。

前半宏矢の運動量は、これは後半ガス欠は必至レベルと思うほど多かった。

前半途中で中盤の3枚の配置を三角形から逆三角形に変えて、宏矢はインサイドハーフにポジションを変えたが、それでも運動量は際立っていた。

 

試合は立ち上がりから琉球ペース、これはすぐ点が入ってもおかしくないなと思ってたらボランチの上里がミドルシュートを決め琉球先制。

このあともかさにかかって攻める琉球、追加点もすぐに入ってもおかしくないなと思っていたが、決めきれず。

何度かポストに救われる岐阜。

圧倒的な琉球ペースのうちに前半終了。

私が悲観的な岐阜サポだったら、この時点で帰ってますね。

勝てる見込みなし、風間宏矢のスタミナが切れたところで大敗まっしぐらだと思ってしまいました。

 

ハーフタイムで活を入れられたか多少は持ち直したものの、やはり岐阜はペースを持ってくるところまではいかない。

そんな中、後半10分に岐阜が動く。

あまり利いていなかった左WG村田に代え、山岸投入。

多少前で起点が作れるようになったか。

さらに後半17分、CFを石川から前田遼一に代える。

さらにさらに疲れた風間宏矢に代えて永島を同じポジションに。

するとCKからの二次攻撃のクロスを前田が頭で決めて岐阜同点。

おおスタジアムはすげえ盛り上がりだ。

 

このあとの流れは岐阜が逆転できるか、琉球がそれを許さないかという構図に。

スタジアムの後押しがあったのか、永島の左足で放たれたシュートがゴール右隅決まって岐阜逆転。

おお先ほど以上の盛り上がりだ。

 

今度は琉球が追いつくか、岐阜がそれを許さないかという構図に変化。

多分大木監督はそうしろという指示は出さないと思うのだが、岐阜は鹿島ったりして時計を進め、逃げ切りに成功する。

振り返れば大木監督の交代策がことごとく当たった格好だ。

なかには最初からこの選手を使えばいいのに(逆に使わなきゃいいのに)というのもありましたが。

 

琉球にしてみれば、前半で終わらせられた試合を後半勝負に持ち込まれ、逆転を許すという痛い敗戦となった。

 

そういえばちょうどひと月前に、アウェイチームが先制点をあげたはいいが追加点をあげられずにいると、ホームチームに2点を許し逆転負けを食らったなんて試合もあったなあと、ため息交じりに思い出してしまった。

琉球サポの気持ちはよーくわかる、と思う。

 

試合後スタジアムから出るところで、昨年岐阜を引退した難波弘明現FC岐阜アンバサダーがハイタッチでサポーターをお見送りしていた。

岐阜の子供たちにはいいこどもの日になっただろうな。

三重県のスタジアム4場目

  • 2019.05.15 Wednesday
  • 22:01

5月5日に鈴鹿アンリミテッド対ヴィアティン三重の試合が行われたAGF鈴鹿陸上競技場は初めて訪れたスタジアムなので、こちらも記録に残すことにする。

最寄り駅は伊勢鉄道の玉垣駅で徒歩5分とあるが、この駅に停まる列車は1時間の上下各1本なのであまり使い勝手がよくない。

試合を見た後にすぐに移動したかった私は、鉄道をあきらめ近鉄白子駅からレンタサイクルを使った。

20分で済むところを2時間近くかけてたどり着いたわけだが。

 

やっとたどり着いて、すぐに帰ったので周辺の情報はよくわからない。

玉垣駅前も買い物ができる店はない。

 

座席があるのはメインだけ、バックとゴール裏は芝生。

多分この試合はメインのみ開放ではなかったか。

まあ普通の市のグラウンドだ。

 

ここから少し不満を書く。

入場料が、現金だと2000円だった。

WEBチケットだと半額の1000円。

このスタジアムで2000円は高いと思った。

一番の理由は、スタジアムに入らなくとも外から簡単に試合が見えてしまうからだ。

JFLだから高いといっているのではなく、このスタジアムだと2000円は高いといいたい。

勘ぐるに、チケット代が半額になりますよというのを強調したいがための現金購入2000円という値付けではないだろうか。

チケット代を決めた人は行動経済学の本でも読んだのかしら。

私みたいにハーフタイムに来て現金で買うような奴は想定していないんだろうな。

ある意味、吾輩はカモである。

もともと鈴鹿アンリミテッドの親会社はインターネット広告を中心とした広告代理店。

目立ったもん勝ちのセンスを感じることがある。

その表れが、監督は女性監督にしよう、さらにGOOGLE検索で探しちゃえといった流れなのだと思う。

その流れが悪いとは思わないが、ただ情報弱者やIT弱者に優しくないと感じることがある。

こういったところまで気配りしてほしいと思うのだが。

 

このスタジアムに対して不満を書いたが、さらに言うと、同じ鈴鹿市内に三重交通Gスポーツの杜鈴鹿サッカー・ラグビー場メイングラウンド(略称:三交鈴鹿)がある。

もっとこちらのスタジアムを使えないだろうか。

やはり陸上競技場ではなく球技場で試合を見たい。

 

ちなみにこの三交鈴鹿は一度だけ行ったことがある。

ユース年代のプレミアリーグの開幕前年のプリンス東海最終節、エスパルスユースの試合がここで行われたのだ。

柴原、田代、成田、石原が3年の代だ。

相手は覚えていないのだが、ここでやったということは四中工だったのかなあと思う。

ともかくこの試合、後半アディショナルタイムに成田がFKを決めて同点に追いつき、この勝ち点1が利いてプリンス東海の優勝を決めた。

あるいは単にこちらのスタジアムにはいい思い出が伴っているだけで、必要以上に美化されているかもしれない。

それでもまた三交鈴鹿で試合を見たいものだとは思う。

 

参考までに三重県は入場料をとれるレベルのスタジアムは4場目。

三交鈴鹿はかなり前だが、東員町スポーツ公園陸上競技場と四日市市中央緑地公園陸上競技場の2場は昨年初めて訪れた。

サッカー場ということでは伊勢フットボールヴィレッジで試合を見たことがあるが、こちらは私の基準ではスタジアムに入らない。

ちなみにそこで行われたのは航也が中3のときのエスパルスジュニアユースの試合。

水谷拓磨が鼻の骨を折っちまった。

 

振り返ると、スタジアムと同時にいろんな記憶がよみがえって、老化防止にいいのかもと思い至った。

よし、このブログは老化防止の意味も加えて、これからも続けていこうと今決めた。

三重で輝くオレンジの20番

  • 2019.05.14 Tuesday
  • 22:32

5月5日の日曜日午前11時過ぎ、私は名古屋で近鉄特急に乗って鈴鹿市へ向かった。

降りたのは近鉄白子駅、近鉄では鈴鹿市内で唯一特急が停まる駅だ。

12時前に到着、駅前の観光協会で自転車を借り、AGF鈴鹿陸上競技場へと向かう。

この日はJFL初の三重ダービー、鈴鹿アンリミテッド対ヴィアティン三重の試合が午後1時キックオフで行われるのだ。

20分、ゆっくり漕いでも30分あれば着くかと思っていた。

せっかくの三重ダービーだ、試合前からダービーならではの雰囲気を味わおうと思っていたのだ。

 

ところが、道を間違えて迷ってしまう。

もともと、少しぐらい道を間違えたって方角さえ把握していればそのうち着くだろうとかなり楽観的に考えていた。

アバウトなものではあるが、手元には観光協会で入手した市内の地図もあるし。

気が付くと鈴鹿サーキットの前にいた。

この時12時45分、まあキックオフには間に合うだろうと高をくくっていた。

おかしいと思いつつも、地図を見て再スタート。

こっちかな、地名でいうとこっちかなと交差点の名前を確認して自転車を漕ぎ進むと、なんかついさっき見たことのある風景が目に入る。

ファミマの店名を見ると、鈴鹿サーキット前店とある。

また鈴鹿サーキットの近くまで戻ってしまったがな。

なまじっかアバウトな地図があるのがいけないかと思い直す。

ここでやっと影で方角を確認しながら進むことを思いつく。

悪戦苦闘しつつ、やっと道の方向案内標識で白子駅を見つける。

これなら何とかたどり着けそうだという感触を得る。

くたくたになりながら運動公園に到着、この時時刻は午後1時40分を過ぎていた。

疲れ切った体と頭で自転車をどこに置こうか迷っていると、スタジアムから歓声が沸く。

ヴィアティンが得点をあげた。

レンタサイクルを駐輪場に入れ、スタジアムに入ったときには前半は終わっていた。

 

私はオレンジのパーカーを着ていたので、ヴィアティン側に席を探す。

アンリミテッド側にいたら場違いと思われるくらいは空気を読めると思っている。

席が見つからず手すりに持たれていると、いろんな人に声をかけて回っていたヴィアティンのコアサポから、今日は勝ちましょうと握手を求められる。

私はヴィアティンのサポではないけど、見たい選手がいるのでこちらで見させてもらいますと答える。

不思議そうな顔をされた。

ともかくその方から、前半は1−1で終了したことを教えてもらう。

 

見たい選手がいるといったが、二人いる。

一人は昨年ヴィアティンで16ゴールをあげ、JFL得点ランクで3位だった13番FW藤牧祥吾、地元三重出身だがエスパルスユースに在籍し、天皇杯でエスパルスがMYFCと対戦した時、相手チームにいたといえば多少は記憶がある方もいるかもしれない。

もう一人は今年関西大学から加入したMF20番森主麗司、航也の代のエスパルスユースの主将を務めた選手だ。

先ほどの方から、藤牧はサブで、森主はスタメンであることも教えてもらった。

 

後半キックオフ、森主は3−5−2のボランチ、守備の比重が高かった。

対するアンリミテッドはスペイン流の4−3−3、監督はスペイン人だからなあと納得する。

 

後半唯一の得点はヴィアティン、同点ゴールをあげたMF18番塩谷仁がCKの二次攻撃からの混戦の中、ゴールをあげる。

彼も今年関西大から加入したルーキーだ。

 

このあと藤牧が交代でピッチへ。

このあたりで私はコアサポの間の空いている席に座ることにした。

 

時間の経過とともに、攻めるアンリミテッド、守るヴィアティンの構図がはっきりしてくる。

後半35分くらいだっただろうか、もう一点取ってやるんだとばかりに森主がボランチの位置から最前線に飛び出してペナルティエリア内でボールを受ける。

得点にはつながらなかったが、周りが疲れている中、この頑張りに拍手を送った。

 

後半アディショナルタイム、パワープレーでボールを放り込むアンリミテッド。

藤牧ももはや跳ね返すことが大きな仕事となっている。

大きくクリアされたボールを再度放り込もうとするアンリミテッドの選手に向かって、まっしぐらにプレッシャーをかけに行ったのは、やはり森主。

私はすげえと声をあげた。

 

試合は結局1−2でヴィアティンが勝利する。

ヴィアティンサポは二得点をあげた塩谷をMOMを選ぶだろう。

だが私は誰が何と言おうと森主だ。

苦しい時間帯の森主の頑張りは、味方を大いに励ますものとなったに違いない。

 

ヴィアティン三重は百年構想クラブの資格を有していない。

このチームで上のカテゴリーに進む森主も見てみたいが、このプレーを続けていればすぐにでも個人昇格があり得ると思った。

45分だけとはいえ、いいものを見たと気持ちよくスタジアムを去ることができた。

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